アレクサンドロス大王の東方遠征からヘレニズム文化が生まれる?ガンダーラ美術の仏像彫刻

前回の歴史クイズ(復習)→第6章Lesson3

アレクサンドロス大王の東方遠征の影響でヘレニズム文明が生まれ、北インドのガンダーラ地方にヘレニズム文化と仏教が融合したガンダーラ美術が生まれ、仏像が作られました。

仏教はやがて、中央アジア、東南アジア、中国に伝わり、さらに朝鮮から日本に伝えられました。

インドでは、その後仏教はおとろえ、バラモンの教えに各地の民間信仰を取り入れたヒンドゥー教が栄え、近代のカースト制度に至ります。

ヘレニズム文化とガンダーラの仏教美術の誕生と広がり、インドのヒンドゥー教とカースト制度について学んでいきましょう。

【第6章Lesson4】中学歴史要点クイズ問題スタートです!

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アレクサンドロス大王の東方遠征によるヘレニズム文明から、ガンダーラ地方で仏像が作られる

前4世紀、アレクサンドロス大王がインダス川流域にまで進出した影響で各地にギリシャ系の政権が誕生し、オリエントとギリシャの文明とが融合した( ① )が生まれました。1世紀末、インド北部の( ② )地方ではギリシャ風の( ③ )がつくられるようになりました。

(  )のことばを答えてみよう!

ヒント
  1. ギリシャ人は自分たちをヘレーンの子孫であるとしてヘレネスと自称しました。そこからギリシャ風の文化を「Hellenism」と呼ぶようになりました。
  2. ヒンドゥー教のサンスクリット語では、Gāndhāraḥと書きます。日本の音楽グループ「ゴダイゴ」の代表曲名で、日本のテレビドラマ「西遊記」のエンディングでインドの理想郷をイメージする曲として歌われました。
  3. 「ほとけ(悟りを開いた者)の像」です。「仏」とは、本来は仏教の開祖シャカ(ガウタマ・シッダールタ)のことで、その彫像のことです。
解答
1.ヘレニズム文明(文化)
2.ガンダーラ(地方)
3.仏像

 

解説

❶「ヘレニズム文化」

アレクサンドロス大王の東方遠征の影響で、1世紀ごろには、ギリシア文明がオリエント文明と「融合」したヘレニズム文化が生まれました(第4章lesson2-2参照)。

ヘレニズム時代(Hellenistic period)とは、アレクサンドロスの死去(前323年)からプトレマイオス朝エジプトの滅亡(前30年)までの300年間をいいます。

理性・知識の追求、芸術・体育の尊重などギリシャ・ローマ文化の影響を受けたヘレニズムは、ヘブライズム(ユダヤ・キリスト教文化)と共に現代ヨーロッパ文明の二大源流とされています。

❷「ガンダーラ地方」

ガンダーラは現在のアフガニスタンからパキスタンにかけての地域に存在していた古代王国です。1世紀〜5世紀、仏教を保護したクシャーナ王朝のカニシカ王のもと、西北インドのガンダーラ地方ではギリシア彫刻の影響を受けた仏像美術が栄えました。

ガンダーラ地方は古来東西交通の要衝として重要な地域でありさまざまな民族が興亡します。多くの文化の影響を受ける地域だったのです。

1〜2世紀、ガンダーラ美術の仏陀像(出典:世界の歴史まっぷ

❸「仏像」

初期の仏教において「仏」とは開祖ゴータマ(ガウタマ)・シッダールタ(釈迦・シャカ)をさしていました。シャカも自身が信仰対象とは考えておらず、自然の摂理を観ずる哲学的な特徴が強い初期仏教では仏像は作られていませんでした。

その後、自身の悟りよりも人々の救済がより重要と考える「大乗仏教」の発達とともに、弥勒仏(みろくぶつ)、阿弥陀如来(あみだにょらい)などの様々な仏像が造られるようになりました。

ガンダーラの仏像の特徴は、額の眉間(みけん)に白毫(びゃくごう)という白く長い毛が丸まっていることです。ヒンドゥー教の神はその位置に第3の目を持つと言われます。

ヒンドゥー教徒の既婚女性は額にビンディーの装飾をしますが、これらの意味は別々のものです。

聖観音菩薩立像

アジャンター石窟群第1窟壁画「聖観音菩薩立像」(出典:Wikipedia

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仏教はアジアに広がり日本に伝わる!インドではヒンドゥー教が栄えカースト制度が形成される。

仏教はやがて、中央アジア、東南アジア、中国に伝わり、さらに朝鮮から( ① )に伝えられました。しかしインドでは、4世紀、グプタ朝の時代に仏教はおとろえ、バラモンの教えに各地の民間信仰を取り入れた( ② )が社会に定着していきました。

(  )のことばを答えてみよう!

ヒント
  1. わが国のことです。Japanと呼ばれていますが、オリンピックなどでは「Nippon」と表記することもあります。
  2. よく似た言葉がありますね。ヒンディー、ヒンドゥー、ビンディー、さてこの三つのうちのどの教えでしょうか?
解答
1.日本
2.ヒンドゥー教

 

解説

❶ 「仏教が日本に伝来したのは飛鳥時代」

「日本書紀」によれば、仏教が日本に伝来したのは飛鳥(あすか)時代の552年とされています。

日本は、ヨーロッパやオリエントからみて「極東」という東の果てという言い方もされますが、一方で、聖徳太子が「日の出る国」として、中国「隋(ずい)」の皇帝に手紙を送ったとの記述が「隋書」倭国伝にはありますね。

余談ですが、「にっぽんとにほん、どちらが良い?私はにほんが好き、だって、にほんは唾が飛ばない!」というジョークがあります。日本政府はどちらの読み方もOKとしています。

日本書紀(平安時代の写本)
日本書紀(平安時代の写本)出典:Wikipedia

❷「ヒンドゥー教」

ヒンディー語はインドの言語。ビンディーは既婚女性が額につける装飾でしたね。正解はヒンドゥー教です。

4世紀頃、グプタ朝は北インド全域を統治する王国となりました。分権的な統治体制をとり、仏教や、苦行と不殺生を強調するジャイナ教も盛んとなりましたが、一時影響力を失いかけていたバラモンが再び重んじられるようになりました。

そして、グプタ朝のもとでバラモンのことばであるサンスクリット語が公用語化され、バラモンの生活を支えるために村落からの収入が与えられ、ヒンドゥー教はインド社会に定着していきます。

シヴァ神
シヴァ神、首にコブラを巻き結跏趺坐(けっかふざ)する姿が特徴的(Wikipedia

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カースト制度はなぜインド社会に生まれたのでしょうか?

深掘りテーマ

インドには、カーストと呼ばれる身分制度がいまだに残っています。「今のカーストは過去生の結果であるから受け入れ、この世での良き行いによって次の生では高いカーストに上がることができる」との考え方です。

カーストとはポルトガル語のカスタ(血統)から生まれた、後世になってからの言い方で、インドでは現代でもカーストを「ヴァルナとジャーティ」と言います。

ヒンドゥー教は、特定の教義や聖典に基づく宗教ではなく、ヴァルナという4つの身分制度をもとにしたバラモン教と、日々の生活や考え方の全体に関わる民間宗教とが融合した多神教です。

古代インドの人々は、職業や種族の違いによって、数千ものジャーティという社会集団に分けられていました。「ジャーティは弾力的なものだったがイギリス植民地支配の一環として強調された」との見解がありますが、ちがうジャーティの間では、いっしょに食事をすることも結婚することもできませんでした。

こうした考え方が、現在に至るまで長い時間をかけて形成されてきたカースト制度の土台となりました。

現在では、カーストによる差別は憲法で禁止され、指定カーストへの奨学金や公共機関への優先的な雇用制度などもありますが、今なおインド社会に根強く残っていると言われています。

コーヒーブレイク:「ヨガの心構え」

インドの叙事詩「マハーバーラタ」のなかに、ヒンドゥー教の聖典「バガヴァッド・ギーター」(岩波文庫・上村勝彦訳)があります。「ひとは社会人たることを放棄することなく現世の義務を果たしつつも究極の境地に達することが可能である」と紹介してあります。

そこに、ヨーガの心構えが書かれてあります。「清浄な場所に、自己のため、高すぎず低すぎない、布と皮とクシャ草で覆った、堅固な座を設け、・・・体と頭と首を一直線に不動に保ち、堅固に座し、自らの鼻の先を凝視し、諸方を見ることなく、自己を静め、恐怖を離れ、・・・専心して坐すべきである。」「節度をもって食べ、散策し、行為において節度をもって行動し、節度をもって睡眠し、目覚めている者に、苦を滅するヨーガが可能である。」とあります。

仏教や民間信仰は、宗教というよりも「いかに生きるか」という人生哲学に近いものかもしれませんね。

あなたも背筋を伸ばして、静まってみてはいかがですか?

スゥ〜(と息を吸って)〜ヴヒヒヒ〜ン(とロバの鳴き声)

次回の歴史クイズ→第7章Lesson1
※順番に読み進めると知識が深まります。

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